大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)269号 判決
原告
株式会社電研社
右代表者
野村俊朗
右訴訟代理人
塩見利夫
山本忠雄
山口孝司
東幸生
同復代理人
松本藤一
被告
椎名靖
(以下「被告椎名」という。)
被告
ワイヤプロテクタ工業協同組合
(以下「被告組合」という。)
右代表者
浦上定司
右被告両名訴訟代理人
寺島健造
同輔佐人弁理士
中畑孝
主文
一 原告の損害賠償請求権不存在確認の訴えを却下する。
二 原告の損害賠償請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 原告
(一) 原告と被告椎名との間で、原告が別紙目録記載の電線保護カバー(以下「イ号物品」という。)を製造販売するについて、被告椎名の有していた意匠登録番号第二七四三四四号(電線おいい)、同号の類似1ないし3(電線保護カバー)の意匠権(以下「本件意匠権」といい、その意匠を「本件意匠」という。)に基づく損害賠償請求権が存在しないことを確認する。
(二) 被告らは各自原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する被告椎名は昭和五七年二月三日から、被告組合は同月二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(四) この判決は(二)項について仮に執行することができる。
2 被告ら
主文と同旨
二 原告の請求原因
1 損害賠償請求権不存在確認請求
(一) 被告椎名は本件意匠権を有していたが、昭和五七年九月四日をもつてこれが存続期間満了により消滅した。原告は昭和五六年一二月末からイ号物品を製造販売している。
(二) 被告椎名は昭和五六年一〇月末頃原告に対し、原告が販売予定のイ号物品の販売を中止しない場合には、本件意匠権の侵害を理由に損害賠償請求を行う旨警告した。
(三) しかし、イ号物品の意匠(以下「イ号意匠」という。)は本件意匠に類似せず、原告がイ号物品を製造販売することが本件意匠権を侵害するものではない。
(四) よつて、原告は被告椎名に対し、同被告が、原告がイ号物品を製造販売するについて、本件意匠権に基づく損害賠償請求権を有しないことの確認を求める。
なお、被告椎名は昭和五九年一一月六日付準備書面で、「原告に対し本件意匠権侵害に基づく損害賠償請求権の一切を放棄する旨の意思表示をする」とし、この準備書面を同年同月一三日の第二三回口頭弁論期日に陳述した。このことによつて右意思表示が私法上の効果を生じ、損害賠償請求権不存在確認を求める訴えの利益は消滅したものと考える。しかし、原告が右訴えを取下げれば、後日右請求権放棄の意思表示の効力に疑義が生じるため、敢えて右訴えの取下げをしない。
2 損害賠償請求
(一) 被告らは、昭和五六年一〇月頃から本訴提起の前日である昭和五七年一月一七日までの間に、イ号物品の製造販売が違法な行為であつて、被告らの諸権利を侵害するものであるかの如き虚偽の事実を、国際通信工業株式会社その他の不特定多数人に対し、文書又は口頭で陳述流布(以下「本件陣述流布行為」という。)した。
(二) 本件陳述流布行為の存在は次の各事実からも推認される。
(1) 被告らは昭和五六年一〇月末頃原告に内容証明郵便(甲第二号証)を送付し、イ号物品は本件意匠権に抵触するとして販売の差止めを要求した。
右内容証明郵便自体は、被告らから原告にあてた内部的な通告書にすぎないが、かような通告が原告に対してのみなされその取引先にはなされないとは社会通念上考えられず、この郵便の送付されたことは本件陳述流布行為の存在を推認せしめるものである。
(2) 被告組合は、イ号物品は被告組合が有する諸権利を侵害する、皆様のご協力により類似品の出所が関西某コードプロテクターメーカーと早期に判明しました旨記載した通告書を、本訴提起後にイ号物品の需要者達に送付した。
右通告書の内容そのものが本訴における損害賠償請求権を基礎づけるものとはいえないが、被告らがかような通告をなすに至る過程で本件陳述流布行為に及んだことを推認せしめるものであり、これは、「皆様のご協力により類似品の出所が関西某コードプロテクターメーカーと早期に判明しました」と記載されていることに如実に示されている。
(三) 原告が本件陳述流布行為により蒙つた損害は次のとおりである。
(1) 信用失墜による無形の損害一〇〇万円
(2) 弁護士・弁理士費用一〇〇万円
原告は、本訴提起のための着手金として弁護士に五〇万円を支払い、又、本件防禦のために本件意匠権について無効審判の申立を弁理士に依頼し、弁理士に既に五〇万円以上を支払つた。
(四) よつて原告は被告らに対し、損害賠償金二〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である被告椎名については昭和五七年二月三日から、被告組合については同月二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
三 請求原因に対する被告らの認否及び主張
1 損害賠償請求権不存在確認請求について
(一) 請求原因1項の(一)は認め、同(二)は否認し、同(三)は争う。
(二) イ号意匠は本件意匠に類似し、原告がイ号物品を製造販売することは本件意匠権を侵害する。しかし、被告椎名は昭和五九年一一月一三日の第二三回口頭弁論期日に同月六日付準備書面をもつて原告に対し、本件意匠権に基づく損害賠償請求権の一切を放棄する旨の意思表示をした。従つて、原告の損害賠償請求権不存在確認の訴えは、その基礎となる損害賠償請求権自体の消滅によつて確認の利益を失つた。
2 損害賠償請求について
(一) 請求原因2項の(一)(三)の事実は否認する。
同2項の(二)のうち、(1)(2)の各一段目の事実は認めるが、その余の事実は否認する。
(二) 被告らは本訴提起前は、原告に対し〈証拠〉により警告したのみであり、第三者に対しては口頭では勿論のこと文書でも原告指摘の如き通告を一切したことがない。
(三) 仮に本件陳述流布行為の存在が認められたとしても、被告らは「虚偽ノ事実」を陳述流布したものではなく、不正競争防止法一条一項六号所定の不正競争行為には当らない。
即ち、被告組合が長年に亘り取扱つてきたコードプロテクターの商品形状が、昭和四四年頃には同商品取扱業者間で周知のものとなつている。イ号物品の外観形状が右コードプロテクターの外観形状と酷似し、取扱業者が右コードプロテクターとイ号物品とを誤認混同するおそれがあるので、原告のイ号物品の製造販売により被告組合は営業上の利益を害されるおそれがある。
従つて、イ号物品の製造販売は不正競争防止法一条一項一号所定の不正競争行為となり、被告組合はイ号物品の取扱業者に対して販売差止めを求めることができる。
四 証拠〈省略〉
理由
一損害賠償請求権不存在確認請求について
1 請求原因1項の(一)の事実は当事者間に争いがない。
2 被告椎名が昭和五九年一一月六日付準備書面に「原告に対し本件意匠権に基づく損害賠償請求権の一切を放棄する旨の意思表示をする」旨を記載し、これが同月一三日の本訴第二三回口頭弁論期日に原告代理人に交付されたうえ陳述されたことは当裁判所に顕著な事実である。
3 以上の事実によれば、イ号意匠に類似し、被告の損害賠償請求権が発生したとしても、これは被告椎名の右損害賠償請求権放棄の意思表示により消滅したものである。訴訟の経過と弁論の全趣旨に照せば、被告らにおいて更に右請求権を主張して原告に賠償を求める態度に出ることがあるとは認められない。このようにして原告の権利又は法的地位に関する不安が除去された以上、損害賠償請求権不存在確認を求める訴えの利益はないものというべきである。
4 よつて原告の損害賠償請求権不存在確認の訴えは、その余の点について判断するまでもなく却下を免れない。
二損害賠償請求について
1 請求原因2項の(二)の(1)(2)の各一段目の事実は当事者間に争いがない。
2 原告は、右争いのない(1)の内容証明郵便による通告が原告に対してのみなされ、その取引先にはなされないとは社会通念上考えられないと主張する。しかし〈証拠〉によれば、この通告は被告らが原告に対してなした当事者間での内部的なものと認められる。被告らがこのような内部的な通告書を原告に送付したからといつて、その事実から、被告らがその頃原告以外の第三者に対してまで本件陳述流布行為をしたとの事実を推認することは困難である。
又、原告は右争いのない(2)の通告書の送付されたことが本件陳述流布行為の存在を推認させると主張する。しかし、被告組合が本訴提起後に右通告書を送付したからといつて、その事実から、被告らが本訴提起前にも第三者に対し本件陳述流布行為をした事実を推認することは困難である。このことは右通告書に、「皆様のご協力により類似品の出所が関西某コードプロテクターメーカーと早期に判明しました」との記載のある点を考慮しても同様である。
3 他に被告らが原告主張の間に本件陳述流布行為をした事実を認めるに足りる証拠はない。よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の損害賠償請求は理由がない。
三結論
以上の次第で原告の損害賠償請求権不存在確認の訴えを却下し、原告の損害賠償請求を棄却することとして、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官横畠典夫 裁判官紙浦健二 裁判官大泉一夫)